よくある質問(2)
(司会) みなさん、大変お待たせいたしました。謎の天才写真家として有名なキット先生には、ほぼ5ヶ月ぶりに共同インタビューに応じていただけることになりました(拍手)。みなさんからは前もって質問事項を提出していただいておりますので、私がみなさんを代表してインタビューさせていただきます。なお、キット先生はこのところ大変ご多忙との由で、多少気難しくなっていらっしゃるご様子ですので、インタビュー中はヤジや合いの手などは厳に謹んでいただいて、静粛にお願いいたしたいと思います。それでは始めさせていただきます。
Q11: プロの写真家というのは、普通は何台ぐらいのカメラで仕事をするんですか?
A: 人それぞれだね。プロもシロートと同じで、カメラに凝るヤツと、器材なんかにはあんまり執着しないヤツがいるし、被写体によっても使うカメラの種類、台数は変わってくるからね。稼ぐヤツとぴーぴーしてるヤツでも違うしね。ボクの場合は、まず海外に器材を持ち運ぶという関門があるから、台数は自ずと限られてくるし、スナップも押さえなくてはいけないケースが多いから35ミリがどうしても中心になる。スタカメといわれる、スタジオ専門のヤツらは、器材が重くても構わないから67、68、69判というような、でかいものを使う人が多い。風景屋さんは被写体が逃げていかないものだから、45とか8*10判のような、シートフィルムを使うタイプの大判カメラをメインにする人が昔からいるね。参考までに、ボクが普段使う器材をお見せしよう。一応、35ミリ、6*45、6*6、6*7、6*9、6*12、4*5と揃えてはいるけど、実際の仕事ではこの中から、3、4台選んで持っていくことが多い。
Q12: よく、プロは単焦点レンズしか使わないって聞くんですけど本当ですか?
A: ウソです。まあ、デルモ撮りなんかでこだわるヤツもいるけど、今では大半のプロが「できればズーム派」だと思うね。昔は、ズームレンズは解像度やディストーションに疑問があったんだけど、今のレンズは良くなってるからね。2、3本持つところが1本で済むのなら、誰でも1本の方を選ぶよ。ボクは、35ミリで撮影する場合は、20ミリ以下の広角ズーム、25から70ミリ程度の標準ズーム、それに300から400ぐらいまで届く望遠ズームの3本だけで済ます場合がほとんどだね。どうしても必要なときには、これに魚眼を加える。それから、マクロレンズは持たない。替わりにエクステンションチューブを持つ。軽いし、マクロよりはるかに接写が効くからね。
Q13: キット先生がフィルムを選ぶ基準ってあるんですか?
A: ない。少なくとも厳密には。「好きずき」というのはあるけどね。まあ、プロが使うフィルムはほとんどがリバーサルだから、選択肢も限られるしね。メーカーによって微妙な発色の違いがあるし、銘柄によってもそれはあるから、それにこだわる人もいるけどね。ボクの場合はほぼ9割がISO感度100、1割が400、ごくたまに800とかタングステンを使う程度だから、フジのプロビアFが多い。でも、コダックでもアグファでも、あれば使う。時々メーカーがくれる試供品なんか、喜んで使っちゃうしね。だけど、プロでボクほどこだわりのないヤツって、いないんじゃないかな。みんな、結構うるさいこと言うよ。
Q14: キット先生はだれに技術を学んだんですか?
A: 技術は100パーセント独学。写真学校なんか出てないから、アマ時代に失敗を繰り返しながら試行錯誤で勉強したんだよ。アマ時代は1本36枚のコマで、使えるコマが1枚もない、なんてこともしばしばあったね。ただ、プロとしての「心」は、かの有名な佐藤秀明先生に師事して、とことんまで鍛えてもらった。この人はとにかくすごい。今でも教わることばかりだよ。
Q15: プロとアマの違いって何ですか?
A: 今の時代はカメラがどんどん進化しているから、プロもアマも、ほとんど優劣つけがたい写真が撮れるようになっている。そういう意味ではあまり違いはなくなってるね。プロの参加OKというようなコンテストでも、1等賞を取るのは大概アマだもんね。昔は、カメラを使う技術で雲泥の差があったんだけど、今はカメラがほとんどカバーしてくれるから、取説を消化している人にはかなわないもんね。ただ、コンテストのように「この1枚」で優劣をつけると差はあまり感じられないんだけど、たとえば「1本36枚のうち、何枚合格か」というような比べ方をすると断然プロが優位に立つ。つまり、100点の勝負ではどっこいどっこいでも、80点の勝負ならプロ、というわけだ。いやしくもプロというからには、36枚中36枚、何処に出しても恥ずかしくない写真が撮れる。常時80点以上、というのがプロなんだよ。たとえば、旅行雑誌で5ページ任されたとしよう。5ページの中には少なくとも15、6枚の写真が載る。その中には、「行ってみたいな」と読者に感じさせるような美しい風景も必要なら、料理の写真、ホテルや旅館の写真、交通機関の写真、お土産物の写真、人々のスナップと、いろんな種類の写真が必要になってくる。しかも、取材期間はぎりぎりまで限定される。そういういろいろな種類の写真を限られた期間で、少なくとも80点以上に撮らなくてはならない。こういう仕事ができて、はじめてプロと言えるわけだ。
(司会)今日のキット先生はご機嫌斜めと聞いていたんですが、けっこう饒舌ですね。これまでちょっと遠慮していたんですけど、少し突っ込んだ質問もぶつけてみましょう。
Q16: 撮影中に危険な目にあったとかいうことはないですか?
A: 2回崖から落ちた。怪我をしたのが1回、カメラがバラバラになったのが1回だ。100メートルはあろうかという崖に向かって山の斜面を滑落して、とっさに立ち木の幹にしがみついたお陰で命拾いしたこともある。下半身はもう崖の縁から出ていたよ。このときは奇跡的にかすり傷一つ負わなかったし、器材は途中の木に引っかかっていて無事だった。ルーマニアでは強盗に遭って財布と大事にしていたIXYをとられた。危険な目というんじゃないが、ラオスで不発弾と地雷の処理をしているところを撮影したときはめっちゃ怖かった。月山でクマに出会った。栗駒山で道に迷った。和歌山で暴走族にからまれた。デンマークでドイツ人3人と喧嘩した。まあ、そんなとこだな。
Q17: 先生はどうして途上国ばかり行ってるんですか?
A: 先進国も行ってるよ、バカタレ。ただ、途上国の写真を撮っている写真家が少ないから、そういう写真が出ることが多いというだけのことだ。それと、不自由な暮らしやゲテモノに抵抗感がないので、自分でも苦にならないということもある。
Q18: 前回のインタビューで、以前はサラリーマンだったということでしたが、どうしてカメラマンなんかになっちゃったんですか。?
A: カメラマンなんか、とはなんだ!なんだか、落ちぶれて写真家になったみたいじゃないか。そうかい、サラリーマンってのはそんなに偉いのか。そりゃ、生活は安定してるだろうが、それとの引き換えに魂を売っているような生き方がお前らにはお似合いだよ。そして、定年になったとたんにボケてしまえばいいんだ!
Q19: 先生の名前については前回も質問がありましたが、どういういわれがあるんでしょうか?
A: なんだ、また、変な名前だと言いたいのか、コノヤロ。二度とそういうことを言わせないために、今回は特別に教えといてやるから、耳をかっぽじいてよく聞いとけ!
そもそもは、親が付けてくれた本名が、外国人にはとても発音しにくい、というのが原因だ。それで、サラリーマン時代に英国にいたときに、同僚たちがはじめはイニシャルでKTと呼んでいたんだな。そのうちに、競馬好きのヤツらが、D.フランシスの"Break in"という小説に出てくるキット・フィールディングという男の名前を借りて、ボクをキットと呼び始めたのさ。名前なんてえものは所詮は単なる記号だから、何でもいいようなもんだが、呼ばれているうちに自分でもそう名乗るようになってしまっていた、というわけだ。
Q20: 先生はどうして「天才」と言われてるんですか?
A: そんなこと知るか!そう言ってるヤツらに聞け。
司会:えーと、前回と同じ展開になりそうですので、本日のところはこれで打ち切りとさせていただきたいと思います。キット先生、どうもありがとうございました。あーあ、疲れる。
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